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津和野の石州半紙・和紙の原点を探る⑥

 投稿者:chikara  投稿日:2017年 8月21日(月)13時34分15秒
返信・引用
  「郷土石見 郷土石見懇話会」雑誌に投稿されたもの

 No, 5  1978 大庭勉
 No,12  1983 澄川一夫
 No,19  1987 大庭勉
 No,21  1988 笹井寅雄
 No,30  1992 大庭勉
 No,54  2000 平川眞吾
 No,58  2001 平川眞吾
 No,76  2007 藤田享

以上が「和紙・半紙・紙漉き」関係。
 
 

津和野の石州半紙・和紙の原点を探る⑤

 投稿者:chikara  投稿日:2017年 8月20日(日)23時27分21秒
返信・引用
  与左衛門。
同一人かどうかわからないが、「萩藩閥閲録第四巻」で萩春日宮 P115 ( P118)


波多野宮内大輔 慶長拾六年正月十一日 御判
                  宗端様ノ判
与三左衛門  波多野惣三郎とのへ
         (元信)

楮祖神社ちょそじんじゃ 岩国旅なび http://www.iwakuni-tabinavi.com/search/cyosojinjya
 

津和野の石州半紙・和紙の原点を探る④

 投稿者:chikara  投稿日:2017年 8月20日(日)10時05分0秒
返信・引用
  中内与左衛門の親戚縁者
「高田郡史資料編1918」P502「国郡志御用につき下調べ出帳」の「保垣村」欄に御用諸口丸三百四拾丸紙漉五拾四人とあり、期間が十一月~翌年三・四月まで。
「向原町誌下巻」P158紙漉き 古老の話で、「保垣の1/3で紙漉きがおこなわれた」とある。・・・・保垣に与左衛門の親戚縁者がいたと推測できる。現在の安芸高田市向原町保垣。
 

津和野の石州半紙・和紙の原点を探る③

 投稿者:chikara  投稿日:2017年 8月19日(土)20時39分35秒
返信・引用 編集済
  「防長造紙史」書が益田市立図書館が所蔵。襟帯出扱い。
三隅の石州半紙・和紙は別扱い。行基上人や人麻呂により紙漉きが伝わった。新羅の都を奇襲攻撃の為の軍舟の図面をヒキ、津より鬱陵島経由で300隻で向かった。
温泉津、津摩、津浦(三隅)、津田、高津、須佐(唐津)で行基の作図で各地で軍舟を建造、韓国通の井上先生は、奇襲攻撃年を730年としている。
もちろん、人麻呂も攻撃に参加。石見で死んでいない。
紙漉きをした場所、「穴門なかと」。場所はおそらく古市場「禮光寺」。古代人の製鉄遺跡。地名の小字で「中組なかぐみ」「門殿もんでん」の名が存在。岡見の茶臼山にあった「励称寺」が鎌倉時代に当地に移り改名した。岡見の茶臼山、大山、源田山の山脈を古代人は「おおやま」と呼んだ。「文字」にすると「鬼山おおやま」であった。
参考文献
「古代朝鮮」著 井上秀雄 日本放送出版協会1972 年表。
「岡見村誌」岡見郷土史研究会1930
 

津和野の石州半紙・和紙の原点を探る②

 投稿者:chikara  投稿日:2017年 8月16日(水)18時09分16秒
返信・引用
  「中内与左衛門」ちゅうないよざえもん は、毛利家の家臣で役職が「右馬允」うまのじょう
「山代」やましろ、今の山口県玖珂郡美川町「波野」の役人。仕事は「紙」を集め吉田(郡山城)へ治める。山代の貧しい農民を救うのに人力した。農民は感謝し、「楮祖(ちょそ)神社」や「碑」を建てた。・・・北広島町図書館本館・司書のPC調査、報告。
 

津和野の石州半紙・和紙の原点を探る

 投稿者:chikara  投稿日:2017年 8月14日(月)04時40分29秒
返信・引用 編集済
  *河瀬文庫「高田郡史上巻」 高田郡史編纂委員会 高田郡町村会発刊1972 P693~696執筆の小都おづ氏の見解。和紙制作は伊予河野氏の後裔、中内右馬充通治・行商人が吉田(毛利元就の郡山城下)の紙商のうちに宿をとり山口・岩国川の上流「山代」・波野村をなんども行来し主人より造り紙の法を習った。いつのまにか山代に土着して農耕をはじめた。根笠村の藟掛ルイカケから良種直楮(まぞ)を二、三本発見し、増殖に成功。紙漉きを身につけ親戚縁者に伝授。尚、紙商主人の名は不明。また、「岩国市史上1970」 P422では[永禄年間]中内与左衛門とある。「山代紙」や「防長紙」元。この後大坂城内の「千姫」救出で「坂﨑氏」が津和野の殿様となった。山代地方を流れる川をさか上ると石州・吉賀(田野原)となる。・・・七日市ーー>吉賀(田野原)に訂正8/18。
参考文献
「石見町誌上巻」「柿木村誌第二巻」「六日市町史第二巻」「津和野町史第二・第三巻」。
 

古代の墨つくり

 投稿者:chikara  投稿日:2017年 7月10日(月)23時26分4秒
返信・引用
  紙つくり(楮や三椏の皮をハギ加工してつくる)よりむつかしい。
古代の墨は「木材」を燃やし「すす」を集めそこからつくる。「火つけ石」も普及していない時代のことで、「火」をおこす事じたい大変な作業。
古代遺跡より木簡が出土している。これはコンピュータの論理「ミス」なようなもの。墨をつくることができるのなら、「紙漉き」など簡単であったそういう時代。
「木簡」を使用するというのは、信仰など特殊なことに使用したはず。奈良・正倉院の書簡の年代をみると。西暦に直すことができるものは最古のもので726年。律令政治を司ったとする王朝は近畿に存在しなかった。
 

河瀬文庫はおもしろい

 投稿者:chikara  投稿日:2017年 7月 9日(日)01時27分25秒
返信・引用
  *河瀬文庫1740-150 「白須山鈩遺跡」山口県阿武郡阿武町白須西平553-1 山口県教育委員会 山口県埋蔵文化財調査報告第56集1979概報
*河瀬文庫2320 「白須タタラ製鉄遺跡」山口県阿武郡阿武町白須西平553-1山口県教育委員会 山口県埋蔵文化財調査報告第61集1980・第2次調査概報
*河瀬文庫 「白須たたら製鉄遺跡」重要遺跡緊急指定調査第3次調査概報・総括 山口県教育委員会 山口県埋蔵文化財調査報告1981
*河瀬文庫3745-139 「須佐唐津窯」山口県阿武郡須佐町大字唐津 須佐町教育委員会1971
*河瀬文庫 山口県「阿武川の民俗」阿武川ダム水没地域民族資料緊急調査報告書 山口県教育委員会1969
*河瀬文庫「広島県文化財ニュース 第189号」建築彩色の話2 広島県文化財協会2006
*河瀬文庫 「柿木村誌 第一巻」編集 柿木村誌編纂委員会 柿木村1986
*河瀬文庫 「柿木村誌 第二巻」 編集 柿木村誌編纂委員会 柿木村2003  P1041~1137 「吉賀記」について
*河瀬文庫「山持遺跡・里方本郷遺跡の調査」東林木バイパス発掘調査概報 島根県教育庁埋蔵文化財調査センター2007
*河瀬文庫「発掘された国引き神話」古代狭田王国の遺宝 松江市鹿島歴史民俗資料館2008年特別展図録 2008年11月
*河瀬文庫「対馬越高尾崎における縄文前期文化の研究」長崎県上県郡上県町大字越高字尾崎 別府大学考古学研究室報告 第三冊 坂田邦洋 著 広雅堂書店1979
*河瀬文庫592「対馬に渡った広島人」近世から近代における広島漁民の対馬通漁と移住等に関する調査報告 広島市郷土資料館調査報告書第15集 発行 広島市教育委員会2001年3月
*河瀬文庫231-10「寺町廃寺と水切り瓦」ひろしまの古代寺院 広島県立歴史民俗資料館   平成10年度考古企画展1998
*河瀬文庫2805-111「対馬越高尾崎における縄文前期文化の研究」別府大学考古学研究室報告第三冊 長崎県上県郡上県町大字越高字尾崎 著 坂田邦洋 広雅堂書店1979
*河瀬文庫「町誌資料」国郡誌御用につき下調帳の部 甲田町文化財保護委員会1963
*河瀬文庫52-1「末兼忠彰著 弔古誌」甲田町教育委員会  山口県立文書館蔵分 吉田郷土史研究家・小都勇二・オヅユウジ複写抜粋1971
*河瀬文庫410-24「明治四年百姓一揆」明治四年百姓一揆の記録 甲田町教育委員会 発行年は不明 ただ昭和38年頃のものではないか。
*河瀬文庫「甲田町48年のあゆみ」甲田町2003
*河瀬文庫「大分県史 先史篇1」大分県1983
*河瀬文庫381-13「広島県を主とする瀬戸内海文化史」瀬戸内海文化財展解説目録 発行 瀬戸内海文化財展事務局1956
*河瀬文庫「歴史と地理 第319号」 日本史の研究 116 山川出版社1982
*河瀬文庫「歴史と地理 第384号」世界史の研究 132 山川出版社1987
*河瀬文庫 水戸論叢第27号 抜粋「甲冑から見た大和王権の東国支配」 大塚初重 発行 水戸短期大学商経学会1995
*河瀬文庫283-125「京都大学所蔵古瓦図録 1」山野道三コレクション 第14研究会「王権とモニュメント」編2008
*河瀬文庫364「堺谷鍛冶跡」広島県庄原市川北町堺谷 庄原市教育委員会1995
*河瀬文庫614「保光たたら」広島県比婆郡東城町粟田字保光 編集 潮見浩 広島大学文学部保光たたら発掘調査団1985
*河瀬文庫「村を守る」古文書に映る江戸時代の警固役 [誇りある部落史資料集1] 編集兼発行 山県東中部部落解放史研究協議会1991
*河瀬文庫663「日田市の歴史と文化財」日田市教育委員会1996
*河瀬文庫31-1「大朝町の展望」編纂・発行 中国新聞 中国観光地誌社1958
*河瀬文庫「’92 大朝町町勢要覧」 まちやさしく 大朝町陰陽を結ぶ創造の自然郷 おおあさ 大朝町1992
*河瀬文庫1749-151「重要文化財竜山八幡神社本殿修理工事報告書」広島県山県郡大朝町大字新庄 竜山八幡神社本殿修理委員会 1965
*河瀬文庫70「住吉免・足谷」広島県山県郡大朝町大字新庄 広島県埋蔵文化財調査センター1998
*河瀬文庫「豊平町の伝説と民話 第1集 付・歴史資料」 編集人 日岡巌 豊平町史研究会1970
*河瀬文庫637「ふるさと長笹 第3集」結成50周年記念 長笹郷土振興会2002
*河瀬文庫747「広島県矢栗製鉄遺跡出土の製鉄関連遺物」1987~1989年度国立歴史民俗博物館特定研究「日本人の技術と生活に関する歴史的研究-在来技術の伝統と継承」(吉岡康暢代表)研究成果中間報告 国立歴史民俗博物館 田口勇 齋藤努 藤尾慎一郎1991
*河瀬文庫「豊平町文化財地図」豊平町1986
*河瀬文庫2604「縄文時代の知識」考古学シリーズ 4 著 渡辺誠 東京美術1983
*河瀬文庫1784「原初の神々」『講座日本の古代信仰』第2巻抜刷 著 渡辺誠1979
*河瀬文庫「土偶」著 江坂輝彌1960
*河瀬文庫「農村のコミュニテイ調査報告書」辻堂について 広島県農政部農業振興課1972
 

宇宙からの導線と人間界への報復④

 投稿者:chikara  投稿日:2017年 6月21日(水)15時03分41秒
返信・引用
  平成4年の事件。旧三隅町の建設課長「柳子」は前建設課長と娘婿の不正を内部告発するのではなく。法務局勤務の娘婿を呼びつけて、不正を強要した。内容は、私の土地の名義(滝見口の市営アパートの土地、対面の山林、田んぼ)を換え一部を除き島根県に県道用地として”2億円で売り飛ばす”事件をおこした。その金を当時の役場幹部で口止め料のかたちで山分けをしている。幹部とは町長三賀森、助役清谷、収入役古市、財政羽柴、本人建設柳子。
 

羽須美村誌下巻

 投稿者:chikara  投稿日:2017年 6月 2日(金)13時29分36秒
返信・引用
  P644長州征伐の欄に明治政府の徴兵制度の青写真をみる。大久保利通によるものと聞く。慶応二年六月。抜粋。
 この地方から夫役に服する為に出征したのは大麻山対陣の頃であった。一人の勤務日数は十五日乃至二十日で交代した。”一番夫は戦いに参加せず、二番夫三番夫と出掛けたが三番夫の出た時は浜田城落城の前であった。本村から毎回出役があった。”
 庄屋等の村役の選抜の方法は「明治政府の徴兵制度そのもの」出羽出身の者が大久保利通側近にいたのであろう。
 

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