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アイヌ・エミシ

 投稿者:悪路王  投稿日:2004年10月10日(日)17時07分53秒
  現近代では自然に融合していったと考えて間違いないでしょう。
ちなみにアイヌ語起源と考えられる地名は東北全体を見ても多いですし、
その考え方でいいと思います。(分布は日本全国ですけど(^^;;)
東北蝦夷(エミシ)の同化政策は俘囚・俘囚長を見てもわかりますが、
平安時代にすでに始まっていたと見ていいでしょう。
ちなみに江戸時代松前藩では東北現住だったエミシはほとんど同化していた
と考えられますが、北海道から連れてこられたアイヌは奴隷として使役させ
られ、区別されていました。江戸時代の地図に「アイヌ」と記録されている
のであれば、それは東北のエミシでは無く、北海道のアイヌなのだと思います。
文化は極めて類似しているので区別するのは難しいですが、倭人との融合
を考慮するならば時代背景から分類して考えるべきだと思われます。
アイヌ(北海道)の女性は昔成人すると口の周りに刺青をしていましたが、
これは婚姻後、夫に操を立てるため倭人よけとしてわざと顔を醜くしたのだ
と、昔、アイヌの女性に教えてもらい悲しくなりました。
仮にアイヌとの血の繋がりがあったとしても痕跡は残っていないでしょう。
マタギについてはあまりにも複雑な文化形態を持っているので一口ではなんとも。
いずれにしても山間生活者の文化圏というのは日本全国に渡ってネットワーク
があり、山岳修行者・炭焼き・狩猟者・産鉄民などなど異なる文化圏の交流が
あったと考えられているのでエミシの文化も当然混在しています。
先にふれた将門と関わりの深い妙見信仰は山岳修験者が広めたと考えられています。
 

(無題)

 投稿者:らんで  投稿日:2004年10月10日(日)09時47分30秒
  >悪路王さま

東北北部の蝦夷は私は自然に南から来た日本人と融合していったと思っています。
江戸時代に「アイヌの集落」とされ地図に明記されている青森の下北・津軽・夏泊
半島の集落は今行って見ると、その痕跡すらありません。血のつながりは絶対ある
はずなのに…。
東北北部にはアイヌ語起源の地名が異常に多いのも日本人と蝦夷が何らかのつなが
りを持ちながら社会を作っていったからだと思っています。蝦夷の生活ぶりは狩猟
生活者…「マタギ」に受け継がれていったと思っています。マタギは山に入るとア
イヌ語を話し、独特の慣習を守りながら狩猟をします。
秋田の昔話で老人の3人の娘が、それぞれ「商人」「大農家」「マタギ」に嫁入り
した話が残っています。マタギに嫁入りした娘は「何を好きこのんで…」と表現さ
れていて、マタギの社会的地位を表しているのでしょう。ただこの昔話ではマタギ
は幸運と機転で老人に親孝行をして評価されるという話になっていますが。
戦後には在日朝鮮人の「マタギ」も現れます。(根深誠:白神山地を行く)
 

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