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現近代では自然に融合していったと考えて間違いないでしょう。
ちなみにアイヌ語起源と考えられる地名は東北全体を見ても多いですし、
その考え方でいいと思います。(分布は日本全国ですけど(^^;;)
東北蝦夷(エミシ)の同化政策は俘囚・俘囚長を見てもわかりますが、
平安時代にすでに始まっていたと見ていいでしょう。
ちなみに江戸時代松前藩では東北現住だったエミシはほとんど同化していた
と考えられますが、北海道から連れてこられたアイヌは奴隷として使役させ
られ、区別されていました。江戸時代の地図に「アイヌ」と記録されている
のであれば、それは東北のエミシでは無く、北海道のアイヌなのだと思います。
文化は極めて類似しているので区別するのは難しいですが、倭人との融合
を考慮するならば時代背景から分類して考えるべきだと思われます。
アイヌ(北海道)の女性は昔成人すると口の周りに刺青をしていましたが、
これは婚姻後、夫に操を立てるため倭人よけとしてわざと顔を醜くしたのだ
と、昔、アイヌの女性に教えてもらい悲しくなりました。
仮にアイヌとの血の繋がりがあったとしても痕跡は残っていないでしょう。
マタギについてはあまりにも複雑な文化形態を持っているので一口ではなんとも。
いずれにしても山間生活者の文化圏というのは日本全国に渡ってネットワーク
があり、山岳修行者・炭焼き・狩猟者・産鉄民などなど異なる文化圏の交流が
あったと考えられているのでエミシの文化も当然混在しています。
先にふれた将門と関わりの深い妙見信仰は山岳修験者が広めたと考えられています。
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