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支離滅裂なのはあなたですね。まず、まず窓の外を見るというのは
主観、客観の問題ではありません。あなたは主観、客観の意味が
分かってないからそんなことを言い出すのです。主観というのは
自分一人の考え、自分中心の見方という意味であり、電車の中から
一人が外を見るということになりますが、客観とは大勢の人の見方
であります。どちらにしても電車の中から外を見るということに
変わりはなく、結果として、窓の外の情報によって景色が動いている
ので速度は相対的なものだと感じるわけです。客観的に中からも
外からも観察するというわけにはいかないのです。それくらいは
分かりますよね。あなたは客観の意味は中からも外からも見ると
とらえています。思い違いが過ぎますよ。
ガリレイの相対性原理は速度とは相対的であると主張することで
すから、まず窓を開けて速度の相対性を説明しなければなりません。
これはガリレイの相対性原理の要なのです。ここに主観、客観が入
る余地はありません。いずれにしても電車の中からの観察のみです
から、一人の主観だろうが、大勢の客観だろうがそれはどちらでも
いいことなのです。
そして、窓を閉じた状態では中の観察者には電車は動いているかどう
かは分からない。つまり静止と等速直線運動は区別出来ない。静止と
等速直線運動はまったく同じであるということを説明しなければなら
ない。これもガリレイの相対性原理の要なのです。つまり、ガリレイの
相対性原理とは、中の観察者からの情報のみで、速度の相対性を説明
し、なおかつ、中の観察者からの情報のみで、静止と等速直線
運動はまったく同じであるということを説明しなければならないの
です。
あと、相対性理論を応用してというのは、物理学者(相対論支持派)
の完璧な捏造だよ。
私もそう思います。
http://hwbb.gyao.ne.jp/cym10262-pg/fenomina.html
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