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かきこ

 投稿者:ゆちゃ  投稿日:2017年 2月 8日(水)22時34分56秒 p1240-ipad509sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
   大変だけど生きてはいます(わはは)  
 

汗顔のいたり

 投稿者:無明  投稿日:2017年 1月11日(水)02時34分48秒 cap105-208.kcn.ne.jp
  われ再訪せり  

あしあと

 投稿者:やっほ~  投稿日:2016年12月 3日(土)01時26分11秒 113x37x105x110.ap113.ftth.ucom.ne.jp
  懐かしく想い来ました。
初めて来たのは20年くらい前だったと思います。
あの頃お話してた方々はお元気でしょうか?
ゆちゃさん、桃姫さん、なっちゃん・・・
沢山の方々とお話したのが懐かしいです。

 

懐古厨

 投稿者:かたもり  投稿日:2015年10月 6日(火)10時38分2秒 cap007-205.kcn.ne.jp
  このサイトまだあった!なつかしい。
当時(90年代後半)のAC系サイトで当時のまま残ってるのは恐らくここだけかな。
ずっと保存しといてほしい。心の文化財かも
 

トラップ

 投稿者:響子  投稿日:2015年 1月17日(土)14時57分33秒 KD121108072187.ppp-bb.dion.ne.jp
  母親と距離を置きながら、仕事と家事に専念していた。2013年の夏以降、私の幼少期の環境に問題をきたす原因があったことを認めた母は、私が訪問しなくても目くじらは立てなくなっていた。

かれこれ1年10か月。年末に子供たちのために料理をこしらえた 出来栄えが思いのほか良くて、ひとりで年末年始を過ごす母に持っていこうと思い立った。怖かった。母の言動や、別れる際の姿の何がきっかけで私が鬱になるかわからない。それを賭けてでも、せめてビーフシチューだけでも持っていこうと思った。一度も顔を出さないまま年を越してしまうことにすら苦痛を感じていた。

それから母からの手紙やはがきがまた増えてしまった。「ごめんね、もうこれ以上は言わない・・」と締めくくられていたが、おとつい夜9時頃いきなり私の携帯が鳴り、出てみると母だった。母は、私が去年の秋に従妹の家に立ち寄ったと聞いて、「何の予告もなくいきなり訪問するのは迷惑だったのではないか」と説教をしてきた。と、それ以前、十年以上前のことにまで遡って私の欠点を並べ始めた。新しい仕事に採用されて出勤の初日を翌日に控えていた。
「それってそんなに重要なことなの?」
「・・え?」
「明日仕事なの。早く寝るのよ。気になることを言わないでくれないかな・・。また気持ちがおかしくなって仕事でミスでもして、首になるようなことになったら嫌だから・・」
「・・あ・・。そういうつもりじゃないけど・・」
母は通信を切った。

昨日は新しい仕事環境で、多少気がまぎれたものの、気持ちのどこかに前夜の重苦しさがひっかかって、今日(土曜日)自宅でくつろいでいるようだが不安がぬぐい切れない。

何十年もかけて口頭で、手紙で、電話で・・訴え続けてきて、それでも多くは変わらない。
子供時代に圧力の多い環境だったが、今母と離れて暮らし、私の精神状態が原因で離婚した夫も遠くに離れていて、どうにか育てた2人の子供たちも大きくなって、母もその親戚も、私の心の問題は過去に過ぎたことだと解釈している。

私が少しでも元気な姿を見せると、安心して私がおかしくなるに至った原因(母の言動)を再び戻してくる・・。この問題がどれだけ根深くて一過性のものでないかが分かっていない。

生まれつき脳に問題があっての症状ではないのだ。正常な人間だからこそ、正常でいられなくなるような条件が揃えばおかしくなってしまうのだ。それらを取り去って、少し気持ちが楽になって笑顔を見せると、安心して、昔の環境を戻してくる・・。残念だが母とは密接に関わって暮らせるようにはならない。

私をただの親不孝だと思っている人は多い。
私も親孝行したくないわけではない。むしろ逆である。

せめて経済的にだけでも自立したい。
職はよく変えてきた。業務を覚えることは苦痛ではないが、だいたい日常の人間関係に問題が生じてしまう。どこかにぶつけたい感情を本人にぶつけることができないと、頭の中が葛藤でいっぱいになる。集中力がそがれる。周囲の観察力が鈍る。人の話を聞き取ることができなくなる。周囲への関心が薄れる。そうやって、入社から何か月経過しても周囲との友情が深まらないから、自分だけ浮いた存在になる。邪魔に思われて、退社するようワナにはめられることもあった。

そうして無職になると、母に金銭的に助けてもらうことが何度もあった。

それは、母の不満にもつながり、母の私への小言も増えていく。
しかし、母は文句を言いながらも、私が母に対して恩があることを内心悪くは思っていないと思う。

結局は、本人が知ってか知らずか、どうにか私を繋ぎとめようとしているのだと思う。

精神的に、経済的に自立したい。
子供が自立するということは、親不孝ではない。母はそれが分かっていないのだと思う。
私が私らしく社会人としてもう少し豊かに暮らすことができたら、安心してもっと頻繁に母のところに行けるのだということを分かっていないのだ。

 

遠野なぎこはAC

 投稿者:響子  投稿日:2013年 9月28日(土)14時55分3秒 KD121108072187.ppp-bb.dion.ne.jp
編集済
  昨日のフジTVの「美女たちのターニングポイント」(木村藤子・遠野なぎこ)は
憤慨した。

幼少期から肉体的・精神的に虐待を受けてきたのだから遠野なぎこには、相当のトラウマ
があるはずだ。「いつかは許したいけど、まだ今は許せない」というのは当たり前のこと。
それをくどくど木村藤子は、加害者(?)側の母親の視点にたった弁護ばかりしていた。
霊視ができるかどうかは別として、なぜあそこまで加害者側の視点ばかりを弁護するのか
が分からなかった。

自分の経験を通して自分がした親孝行のことに触れていたが、木村さんは虐待を受けたわ
けではないのだから当たり前のことですよね。木村藤子自身が虐待を受けたのであれば、
その中から努力して親子の関係を改善した立場であったら、遠野なぎこに対して説教を
(それだっておかしい)アドバイスをする資格もあったかもしれないが、自分が自分らし
く普通の大人として常識豊かに生きられるような環境で育った人が、自分とACを比較す
るのはおかしい。機能する家庭で育った人には、機能不全家庭の意味が本質的に理解する
ことなどできないのだ。すぐに「自分だったらこうするよ」「ふつうは親に生んでもらっ
たことに感謝するものですよ」等説教してくる。

遠野なぎこも何が正しいのかはわかっている。ただ今は親を許せるプロセスではないと
言っているのだった。わかっていないのは木村藤子のほうだ。どうして私たちACは、
日本国内では研究データ不足の機能不全家庭で育ったACについて逆に通常の人たちに
何から何まで説明しなければならないのか・・。

本来子供は親に対して愛情を持っているし、親孝行も喜んでしたいものだ。それができない
状態である事に悲しみや罪悪感すら感じているはずだよ。傷口だって膿出しが終わらなけ
れば治癒しない。親に抑圧された子どもはある程度、怒りを表現し、相手の理解が得られ
なければ前に進めない。その作業が進めば、あとは人に言われるまでもない、親に近づい
ていくものなのだから。

理解できてない人は、自分にも理解できない領域があることを認識すべきだと思う。
自分の信頼された立場・地位・知名度をいいことに何でも言い切らないほうがいいと思う。

私自身、数十年の不器用な表現の仕方で少しずつ親の理解を得てきてるんだと信じている
けれど、もし夕べの木村藤子の発言を私の母が聞いていたら(虐待親の気持ちを弁護・・)、
「やはり親の立場ってものがある」
「私も私なりに頑張って子育てした」
「悪意で抑圧したわけじゃない」
と居直ってしまうかもしれない。
テレビも木村藤子ももっとその影響力に責任を持ってほしい。
 

『毒になる親』- 一生苦しむ子供 

 投稿者:響子  投稿日:2013年 8月14日(水)22時24分33秒 KD121108072187.ppp-bb.dion.ne.jp
  表題の書籍と出会った。

再び鬱の生活に戻って不安になったり悲しくなったり、突然にどこかに気持ちをぶつけたくなっていた私の目が吸い寄せられるような行がいくつもある。なるほど、なるほど・・と読み入る間に電車が1、2駅過ぎてしまう。どこを読んでも自分の散在した肉片のように思えて拾い集めたくなる。

毒になる親・・は、生涯おそらくは完全に子の思いや訴えを理解することは困難だと書いてるが、またそれでも相手に対して自分の言葉で感情的にならずに想いをぶつけるまでのステップ(練習)について触れている。対面が無理なら写真に向かって、もしできたら手紙でもいい・・と書いてある。すぐに相手が理解しなくても(確かに今まで以上に丸め込まれたら元も子もないから無理はしなくていいと思う・・)、それをした分だけ自分の中に変化が訪れると書いてあった。すぐではなくても変化につながると書いてあった。。

苦しかった、今日の仕事時間は長かった。昼休みが終わる10分前に携帯を持って外に走り出た。母と直面する勇気はなかった、けれど頻繁に会うだろう叔母に電話して思いのたけをぶつけてみた(前にも何回も試みた、話を聞いてくれたが母への説得もむなしかった)。かれこれこんなことをしてきて30年以上になる。。普通の健康な心の持ち主なら尋常ではないことに驚きを感じることだろう。。「・・どうしたらいいんだろうね・・話を聞いてあげることしかできないよ」と半ば冷静に言う。。この叔母もやはり毒になる親なんだろうか。。従妹(叔母の娘)もここ数年鬱だというし。。

少しでも自分らしく生きたい。なにも母をつぶそうというのではない。常に相手の気持ちを気遣ってきたけれど、この本の中の『・・“小さな子供”は相変わらず奮闘を続け、いつの日か親にも自分の素晴らしさがわかり愛情を注いでくれるときが来るに違いないという希望にしがみついている。それはたとえ親の余命が少なくなっていても変わらない。』がやたら心に深く刻まれた。

生涯かけて自分を取り戻すのか、生涯かけてACを身で学ぶのか、何か力を得て誰かを助けるに至るのか・・・。ラクになりたい。
 

迷路

 投稿者:響子  投稿日:2013年 8月12日(月)21時42分21秒 KD121108072187.ppp-bb.dion.ne.jp
  わたしもずっとずっと前(きのうのようにもかんじられる)にこの掲示板にかきなぐってた。

35歳くらいだった。。初めてACという言葉にであってその症状のほとんどが自分の悶々とした毎日にあてはまり、目からうろこだった。希望の光を見た気がした。この15年のあいだに感情爆発(予期してなかった)する機会があった。火山爆発のように周辺の様子がすこし変わった。自分も変わった、内面からいろんなものが出てきて、夫と合わなくなった。後から知って悲しかったが、夫は私に欠けていた親の役割を15年果たしていた、自分の回復に必要な環境を与えてくれた人だった(結果として)。悲しかったが、夫は私の父親役を15年果たした後、私と離婚して、私の子供2人は父親を失った。

ここで書いてた頃、私は夫との別れは予期していなかった。その後いろいろな事の成り行きで感情を夫と母親に爆発する機会を得た。。夫とは離婚した、優しかった夫はすぐに次の伴侶を見つけて再婚した、彼が私を保護し育ててくれた分、今の妻と幸福に暮らしていて以前より幸せでよかったと思う。彼を父親にして少しだけ成長した私は、自分の2人の子供の父と母の2役を四苦八苦しながら不器用にやってきた。足りたか足りなかったかわからない。

母とは何度も衝突したけれど、私を少しは認めてくれたように見せながら、実は何も分かってはいないところがいつも悲しくてならない。何十年間もの間訴えたがこの人にはほとんど何も伝わらない。。愛していないわけではないが、私も親子で形だけでも仲良くしようと頑張ってはきたものの、知らないうちに無理がたたったようだ。。こんなに心の悩みを訴え続けてきた娘をもつ母親なのに、精神関係の書物一冊も開いたことはないのか・・。テレビで似た例を取り上げているのをよく見るが、一回も気に留めたこともないのか??

比較的自然に行き来してこれたように思えた1~2年の末に、心全開にしていた無防備な私に向かって、「なんで離婚したの?」「なんで大事にしてくれた旦那さんと別れたの?どういうわがままな人間なの?」「どうして親権を渡さなかったの?」「相手のお家の跡取りを奪ってお母さんは申し訳なくて申し訳なくてしようがない」等、一気にぶつけてきただけでなく、昔からの私への不満をメールにしてパソコンに送ってきた。

それから鬱だ。。漸次的に進歩してきたと信じていたのに、一気にふりだしの方向へと吹き飛ばされた気分で、ずっとずっとショックから抜けられない。仕事中も帰宅して家事をしながらも、夜中目を覚ましたときも早朝の暗がりの中でも悲しくて悲しくて胸が泣いていてどうにもならないことがある。

ここで今望まれている話かどうか分からないが、なんだか書きたくなってしまった。

不適切だったら消してくださって結構です。ありがとう。
 

あしあと

 投稿者:ゆちゃ  投稿日:2013年 6月10日(月)22時34分14秒 p5044-ipad202sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
   ここが出来た当時はアダルトチルドレンが流行っていましたね。いまなら虐待の範疇に
入るんでしょう。虐待はTVで時々報道される死亡事件だけではなく,マルトリ-トメン
トも含めるとかなり影響は大きいです。
 昔ここで交流していたみなさまお元気で。
 

(無題)

 投稿者:懐古者  投稿日:2013年 4月12日(金)04時55分3秒 cap015-231.kcn.ne.jp
  なつかしすぎるこの場所。  

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