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郷土石見2018,107号

 投稿者:chikara  投稿日:2018年 6月14日(木)08時36分12秒
返信・引用 編集済
   「悪五郎物語」岩田昇氏のノンヒィクションに感動。

これも書いてほしかった!!

 三隅四代城主「三隅兼連」鎌倉時代。水来山から高城(三隅城)の「上水道」の仕組み。
1738年の「ベルヌーイの定理」水力学より500年前に存在。

わたしごとだが、2017年10月に滋賀県・近江八幡市「街散策」のさい、ボランティアの観光ガイドが、八幡山城主羽柴秀次の町づくりで日本最古の「上水道」を整備した。と断言。・・・

参考;ブログ「西国の山城」三隅城その1.
   「太平記3」後藤丹治 岡見正雄 岩波書店1962 P85~88.
 
 

「神楽」と「舞」文字で鎌倉時代に存在

 投稿者:chikara  投稿日:2018年 6月 5日(火)16時06分20秒
返信・引用
  *「鎌倉遺文 古文書編 第25巻 自永仁三年(1295)至永仁五年(1297)」編 竹内理三 東京堂出版1983

  P三一一「神楽」、P三一五「舞人楽人舞楽」の文字


・筑後隈家文書  築後玉垂宮大善寺神事注文

築後國三妻郡  鎮守玉垂宮  大善寺御神事記文事

 永仁四年十二月。

「神楽」「舞」の読みと意味合いが現在と同じであるかわからない。










 

会津屋八右衛門竹嶋事件の主役は4名

 投稿者:chikara  投稿日:2018年 6月 2日(土)23時34分4秒
返信・引用
  4名の達人。

会津屋八右衛門は今で言う営業と物々交換と千石舟の船底のパズル達人。「抜け荷」ネットワークの考案者。

浜田藩 年寄役「松井図書」と勘定方「橋本三兵衛」はさしずめ経済学者か。

家老「岡田頼母オカダタノモ」は責任者・兼渉外担当。

客船帳を見ると、よくわかる事。千石舟は船主の希望で「どこで、どれだけ」荷を積み込むか談合済みで、松前から大坂への途中で行われた。
浜田藩の津・浦・湊の小舟の船主や内陸部では三隅川の「向野田」や江の川の「中野」の庄屋に舟を造らせ竹嶋(鬱陵島)から指示した「湊」へ「抜け荷」を運ばせ、海上で移されている。

徳川幕府の失敗は、この達人や天才を死なせたことだ。対馬藩のように黙認して、列強国から軍艦でも買い上げたところで没収する。そこでこの4名を幕府の重要職につかせれば、時代が動かなかったのではないか。何万という人が死ななかったんじゃないのか。

参考文献
「島根県歴史の道調査報告書 第七集 西廻り航路 隠岐航路」島根県1998
「八右衛門とその時代 今津屋八右衛門の竹嶋一件と近世海運」浜田市2002
「海商 会津屋八右衛門」著 小寺雅夫 文芸社2013

 

「彌榮イヤサカエ神」と「黄幡オーバン神」

 投稿者:chikara  投稿日:2018年 5月21日(月)15時02分39秒
返信・引用
   今日は良い天気、鶯が「ホー ホケキョ ホー ホケキョ」と鳴いかと思うと。静まり返った。空を見上げれば鳶が飛来し舞っていた。

 「彌榮神」と「黄幡神」の分布。社、小堂と大小建物で祀られているが、石見国で彌榮神、芸備・備後国で黄幡神。

 彌榮神、筆者の見解。663年三瓶山が大噴火し、中国地方が焼き尽くされた。渡り鳥が朝鮮半島より飛来、高島から大麻山へと移動し木の実の種を糞と一緒に落し、草木の緑を宿した。スサノヲは江の川を下り、西へ向かった時。この緑を目にする。まだまだ西に向かい須佐より鬱陵島へ渡り杉の苗木を中心に持ち帰り。まず高島へ植樹。次に「三隅川」を上り大麻山へ向かい植樹した。そこで鬼刀禰オオトネと出会った。鬼刀禰は社を建立し、スサノヲを「彌榮神」とした。

 「黄幡神」民間信仰。陰陽道の八将神の一つ。東北にいちする北の神将で土を司る売易者諸氏は勿論凶将で墓をたてるをよしとする。古代では土地を開発しようとすれば必ずこの土地神に使用を乞わなければ鍬クワは入れられない。・・・・「フオクロア ひろしまNo,15」村岡浅夫 ひろしまみんぞくの会1990年4月。
 

あの「槍」

 投稿者:chikara  投稿日:2018年 5月16日(水)12時20分5秒
返信・引用
   旭町市木「市木神社」の三隅兼連の「槍」は戦時中先代の宮司が資金難から売却。
売却先は不明。この事を公民館長に話。現、宮司が館長より聞いたとのこと。
旭支所 教育委員会分室のK氏からの回答。
三隅神社への「槍」里帰りも夢の夢となった。
 

「郷土石見No107 2018年5月」に感動

 投稿者:chikara  投稿日:2018年 5月14日(月)15時47分36秒
返信・引用
  「井戸平左衛門と四十二浦」関和彦

細部にわたる調査に感動します。

「サツマイモ・甘藷」について

2,3 行のことだが、①コロンブスが「ハイチ」で発見してスペイン・イザベラ女王陛下に献上した。

②薩摩(琉球)の三大恩人「儀間真常ギマシンジョウ・野國蔡温ノグニサイオン・野國總管ノグニソウカン」も紹介してほしかった。

*日本には1597年琉球伝来。

 

槍はどこ?

 投稿者:chikara  投稿日:2018年 5月14日(月)14時34分48秒
返信・引用 編集済
  ◎邑智郡誌 森脇太一(初版1937)復刻版1972 写真ページ18に市木村 懸社「市木神社」に「三隅兼連の一文字槍ヤリ」掲載。

*昭和30年1955に「瑞穂町が成立」その時「市木」地区が二分され、市木神社は、旭町になる。

◎旭町誌上巻 旭町 執筆 山藤忠1977 P553~561によると懸社「市木神社」は旧名・馬場八幡宮で創建999。

宇佐八幡宮へ問い合わせすると、729~748年に成立と回答あり。

(注) 瑞穂町市木にもうひとつ「八幡宮」あり、安政四年に「麦尾八幡宮」~「杉尾八幡宮」。現在[「すぎ」木ヘン ニ 因 ノシタ ニ 皿]尾神社。縁起についてどちらが古いかであらそっているそうだ。・・・話がそれた。

今「三隅兼連」の「一文字槍」は どこ?
旭支所・教育委員会分室のK氏に問い合わせ中。
 

世界遺産

 投稿者:chikara  投稿日:2018年 5月13日(日)07時11分28秒
返信・引用
  浜田市三隅町の「井野の地」はかつて津和野藩の飛地であった。
今、三隅町有志により「 たたら製鉄」を世界遺産登録に!!とのこころみがある。
三浦家文書の解読や鉄山師の足跡や鉄生産資料調査に躍起になっている。
人口を調べるには寺の宗門帳をみる。棚田の墾田状況をみる。廻船の客船帳の書き込みをみる。
この有志に資料を提供せねばとおもっている。
 

民俗・歴史を中心に「見る 読む 研究」⑧

 投稿者:chikara  投稿日:2018年 4月30日(月)18時32分52秒
返信・引用
  *河瀬文庫「折口信夫全集 第8巻 国文学篇 2」編纂 折口博士記念古代研究所 中央公論社1966
*河瀬文庫「折口信夫全集  第9巻 国文学篇  3」編纂 折口博士記念古代研究所 中央公論社1966
*河瀬文庫「折口信夫全集  第10巻 国文学篇  4」編纂 折口博士記念古代研究所 中央公論社1966
*河瀬文庫「折口信夫全集 第11巻 国文学篇 5」編纂 折口博士記念古代研究所 中央公論社1966
*河瀬文庫「折口信夫全集 第12巻 国文学篇 6」編纂 折口博士記念古代研究所 中央公論社1966

*河瀬文庫「折口信夫全集 第25巻 歌論歌話篇 1」編纂 折口博士記念古代研究所 中央公論社1967
*河瀬文庫「折口信夫全集 第26巻 歌論歌話篇 2」編纂 折口博士記念古代研究所 中央公論社1967
*河瀬文庫「折口信夫全集 第27巻評論編 1」編纂 折口博士記念古代研究所 中央公論社1968
*河瀬文庫「折口信夫全集 第28巻評論編 2」編纂 折口博士記念古代研究所 中央公論社1968 P420~430地方文化の幸福の為に。
*河瀬文庫「折口信夫全集 第29巻雑纂篇 1」編纂 折口博士記念古代研究所 中央公論社1968 P509~600「言語情調論」折口先生の国学院大学国文学科における卒業論文。第三篇以下は目次だけ制作し、完結せず、また終わりの方に近い所で少々破損の箇所があるそうだ・・・あとがき文中。
*河瀬文庫「折口信夫全集 第30巻 雑纂篇 2」編纂 折口博士記念古代研究所 中央公論社1968
*河瀬文庫「折口信夫全集 第31巻 日記・書簡 附年譜」編纂 折口博士記念古代研究所 中央公論社1968
 

民俗・歴史を中心に「見る 読む 研究」⑦

 投稿者:chikara  投稿日:2018年 4月30日(月)18時22分38秒
返信・引用
  *河瀬文庫856-10「考古学研究  第27 巻第2号(通巻106号)」考古学研究会 1980
*河瀬文庫857-10「考古学研究  第27 巻第3号(通巻107号)」考古学研究会 1980
*河瀬文庫858-10「考古学研究  第27 巻第4号(通巻108号)」考古学研究会 1981
*河瀬文庫859-10「考古学研究  第28 巻第1号(通巻109号)」考古学研究会 1981
*河瀬文庫860-10「考古学研究  第28 巻第2号(通巻110号)」考古学研究会 1981
*河瀬文庫861-10「考古学研究  第28 巻第3号(通巻111号)」考古学研究会 1981
*河瀬文庫862-10「考古学研究  第28 巻第4号(通巻112号)」考古学研究会 1982
*河瀬文庫863-10「考古学研究  第29 巻第1号(通巻113号)」考古学研究会 1982
*河瀬文庫864-10「考古学研究  第29 巻第2号(通巻114号)」考古学研究会 1982
*河瀬文庫865-10「考古学研究  第29 巻第3号(通巻115号)」考古学研究会 1982
*河瀬文庫866-10「考古学研究  第29 巻第4号(通巻116号)」考古学研究会 1983
*河瀬文庫867-10「考古学研究  第30 巻第1号(通巻117号)」考古学研究会 1983
*河瀬文庫868-10「考古学研究  第30 巻第2号(通巻118号)」考古学研究会 1983
*河瀬文庫869-10「考古学研究  第30 巻第3号(通巻119号)」考古学研究会 1983
*河瀬文庫870-10「考古学研究  第30 巻第4号(通巻120号)」考古学研究会 1984
*河瀬文庫871-10「考古学研究  第31 巻第1号(通巻121号)」考古学研究会 1984
*河瀬文庫790-10「考古学研究  第31 巻第2号(通巻122号)」考古学研究会 1984
*河瀬文庫791-10「考古学研究  第31 巻第3号(通巻123号)」考古学研究会 1984
*河瀬文庫792-10「考古学研究  第31 巻第4号(通巻124号)」考古学研究会 1985
*河瀬文庫793-10「考古学研究  第32 巻第1号(通巻125号)」考古学研究会 1985
*河瀬文庫794-10「考古学研究  第32 巻第2号(通巻126号)」考古学研究会 1985
*河瀬文庫795-10「考古学研究  第32 巻第3号(通巻127号)」考古学研究会 1985
*河瀬文庫796-10「考古学研究  第32 巻第4号(通巻128号)」考古学研究会 1986
*河瀬文庫797-10「考古学研究  第33 巻第1号(通巻129号)」考古学研究会 1986
*河瀬文庫798-10「考古学研究  第33 巻第2号(通巻130号)」考古学研究会 1986
 

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