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小さな疑問の解消と神楽舞

 投稿者:chikara  投稿日:2019年 2月16日(土)01時10分44秒
返信・引用 編集済
   疑問とは、戦国時代、いや、NHKの大河ドラマのなかで、「おやかた」様と呼ぶ、文字であった。PCで調べると、意外な回答。正解◎は「御屋形」様。室町~戦国時代に家臣が殿様を呼ぶのに使われた。決っして X「親方様」ではない。現代では、しばしば ○「御館様」と使われているそうだ。ここで、「毛利元就」はどう呼ばれたか。「御屋形様」。「大殿」。「隆元」の早死で、「輝元」目線で「爺様」か?

 安芸高田市立歴史資料館・館長曰く、「元就」や三人の子「隆元」「元春」「隆景」は、いずれも書状を書くのが好きで、戦国期の状況がよくわかるそうだ。ただ、ひとりひとり独特な「花押」を使っていたため、「ニセ」の書状がたくさんでまわった。

 「元就」や「吉川元春」「小早川隆景」の領地の中の「荘園」をなくしたことで、経済の変化と神社の神職・宮司(神主)神楽舞の意識が大きく変化した。経済では、①尼子から毛利になった、「石見銀山」の「銀」採掘権が、「天皇家」から「毛利家」へ。②天皇家、貴族、寺社の「荘園」の廃止に伴い、京の商人や街道中継地の商人に儲けがなくなり、川舟や廻船の中心の大坂・堺(あわせて鉄砲鍛冶が盛ん)へ金融・経済の中心地が移動した。この事は、米を都や中継地商人へ運ぶことから、「元就」「元春」「景元」こと「御屋形様」を喜ばす、「神楽舞」となった。元就は厳島の「能舞」を強く好んだ為、神職の神楽舞は一生懸命さをアピールするこに専念したとみられる。

 特)「荘園」こと[厳島社領の山縣郡三角野村]では、たたら製鉄の「鉄」を売り、税を宮島へ納めていた(米売価より鉄売価がよかった)。
 
 

大元神楽関連図書目録

 投稿者:chikara  投稿日:2019年 2月15日(金)10時18分15秒
返信・引用 編集済
  ○「神楽団と大元神楽」・ 「石見町誌 下巻」石見町誌編纂委員会1972
○大元神楽 「大元舞」文化庁記録映画に・「郷土石見 創刊号」1976年2月2日
○「大元神楽」・「川本町誌」歴史篇 川本町誌編纂委員会1977  委員会;門脇俊彦 三上鎮博 原龍雄 尼川尚明 波多野虎雄 森脇太一 藤田典幸。
○「邑智郡大元神楽」編 邑智郡大元神楽保存会 桜江町1982
○「大元神楽とその周辺」・「神楽と神がかり」著 牛尾三千夫 名著出版1985
○「傳承読本 だれにもわかる大元神楽」著 竹内幸夫 絵 牛尾英實 桜江町市山公民館1991
○「江尾の大元神楽」竹内幸夫・「郷土石見No,32号」石見郷土研究懇話会1993 4月
○「大元の神々 大元神鎮座地調査報告書」島根県邑智郡大元神楽伝承保存会1994
○「復活した大元神楽」 山路興造・「古代文化研究No,6」編集・発行 島根県古代文化センター1998
○神楽舞を遡(さかのぼ)る「安政大元神楽」を縁に 著 竹内幸夫2005
○大元神楽・島根県民会館公演2008  写真集
 

歴史・民族・口頭伝承の研究つづき

 投稿者:chikara  投稿日:2019年 2月15日(金)04時09分55秒
返信・引用
  *「傳承読本 だれにもわかる大元神楽」著 竹内幸夫 絵 牛尾英實 桜江町市山公民館1991  構成 佐々木節也(市山公民館長)。明治期における「神楽伝受」により、固まってきた「奉納舞」は「百姓舞」と呼ばれていた。神職サイドを中心とした「大元神楽の保存」と民間サイドにおける「六調子舞の伝承」は車の両輪のように深い縁に結ばれて今日にいたる。この事は市山の牛尾家他、この土地の神職各位のチームワークによる適切な指導があったことをわすれてはならない。桜江町市山「牛尾家」の紹介。・牛尾菅磨 各地でこの方から伝授を受けた伝承がのこっている。「神楽の師」として今日、六調子神楽が花開いた功労者といえる(昭11年86才で没)。・牛尾楯夫 囃子のうまい方であった(昭26年80才で没)。・牛尾三千夫 大元神楽の研究書により、民俗学最高の栄誉である「柳田國男賞」を受ける。今日の「国指定」の恩人(昭61年79才で没)。・(三千夫の弟)山田菅夫 囃子、舞の達人(昭50年61才で没)。

◎「偽りの日本古代史」著 井上亘 同成社2014  380080930V
◎「日本書紀の虚構と史実」著 遠山美都男 洋泉社2012  380065171V
 

歴史・民族・口頭伝承の研究つづき

 投稿者:chikara  投稿日:2019年 2月13日(水)08時12分5秒
返信・引用
  *河瀬文庫「高宮町史」監修 潮見浩 高宮町1976  合併二十周年記念 広島県安芸高田市。

*河瀬文庫1136「倭人と鉄の考古学 シリーズ日本史のなかの考古学」著 村上恭通 靑木書店1998  村上 恭通(むらかみ やすゆき、1962年 - )は、日本の考古学者、愛媛大学教授。 熊本県生まれ。1986年熊本大学文学部史学科卒業、1991年広島大学大学院文学研究科考古学博士課程単位取得退学。1991年名古屋大学文学部助手、1994年愛媛大学法文学部助教授Wikipediaより。

◎「丹後王国物語」丹後建国1300年記念事業実行委員会 編 せせらぎ出版2013  丹後王国論(たんごおうこく ろん)は、日本古代史が専門の歴史学者・門脇禎二が提唱 した古代王国説。古墳時代に丹後地方(今日の京都府京丹後市辺り)を中心に栄え、 ヤマト王権や吉備国などと並ぶ独立性があったと考えられる勢力を丹後王国(たんご おうこく)Wikipediaより。  380075076-

◎「山陰の懇明コンメイ 縄文のムラと暮らし 企画展」島根県立古代出雲博物館2013  ハーベスト出版 販売。  380074357.
 

歴史・民族・口頭伝承の研究つづき

 投稿者:chikara  投稿日:2019年 2月11日(月)22時02分51秒
返信・引用
  *「家康、江戸を建てる」著 門井慶喜 祥伝社2016  門井 慶喜(かどい よしのぶ、1971年11月2日 - )は、日本の小説家、推理作家。 群馬県桐生市生まれ。同志社大学文学部文化学科文化史学専攻(現・文学部文化史学科)卒業Wikipediaより。

*河瀬文庫「土器製塩の研究」著 近藤義郎 靑木書店1984  近藤 義郎(こんどう よしろう、1925年2月14日 ‐ 2009年4月5日)は、日本の考古学者。岡山大学名誉教授。. 1925年(大正14年)、栃木県足利市に生まれる 主な著作 ? ?訳書 前方後円墳の成立、 土器製塩の研究、 前方後円墳に学ぶWikipediaより。

*「尼子氏の城郭と合戦 図説日本の城郭シリーズ 10」著 寺井毅 戎光祥出版2018  尼子氏(あまごし)は、京極氏の一族で代々出雲守護代を務めた。京極氏から室町時代中期に分かれた家であり、京極尼子家とも呼ばれる。山陰地方で活動し、戦国大名となった一族であるWikipediaより。

*「私本太平記 1 吉川英治全集」著 吉川英治 責任編集 吉川英明 講談社1990  講談社版全集(新版) に移動 - 1979年(昭和54年)10月から1984年(昭和59年)7月に講談社から刊行された。全58巻。吉川英明が責任編集を担当した。 ... 吉川先生との巡り合い」東山魁夷著.「預置候金銀請払帳」広瀬仁紀著. ... 第40巻 私本太平記 1 ISBN 4-06-146340-3; 第41巻 私本太平記 2 ISBN 4-06-146341-1; 第42巻 私本太平記 3 ISBN 4-06-146342-X; 第43巻 私本太平記 4・随筆 私本太平記 Wikipediaより。
 

歴史・民族・口頭伝承の研究つづき

 投稿者:chikara  投稿日:2019年 2月10日(日)03時55分55秒
返信・引用
  *河瀬文庫「杉のきた道 日本人の暮しを支えて」著 遠山富太郎 中央公論社1981
*河瀬文庫「龍の話 図像から解く謎」著 林巳奈夫 中央公論社1993 ① 林 巳奈夫(はやし みなお、1925年5月9日 - 2006年1月1日)は、日本の考古学者。中国、特に青銅器・玉器を専攻とする。神奈川県出身。 人物[編集]. 思想家・評論家であり、平凡社『世界大百科事典』の編集長となった林達夫の長男として、藤沢市生まれた。②京大人文科学研究所助教授をへて,昭和50年教授。専攻は中国古代考古学。青銅器刻文の研究 ①はWikipediaより。
*河瀬文庫 「石見焼関連遺跡調査報告2 島根県浜田市上府町イ2219-1ほか」国土交通省 島根県2001
*河瀬文庫 「平野窯跡(昭和9~45年頃の石見焼窯跡) 地すべり対策工事に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書」島根県浜田土木建築事務所 浜田市 2005
*河瀬文庫 「室田窯跡(明治~戦後頃の石見焼窯跡) 市道浜田西49号線道路改良工事に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書」浜田市2006
 

歴史・民族・口頭伝承の研究つづき

 投稿者:chikara  投稿日:2019年 2月 9日(土)07時40分5秒
返信・引用 編集済
  ◎「日本の伝統芸能」著 本田安次 錦正社1990 本田 安次(ほんだ やすじ、1906年3月18日 - 2001年2月19日)は、日本の芸能研究者。早稲田大学名誉教授。脚注. 来歴[編集]. 福島県本宮町(現・本宮市)生まれ。1929年早稲田大学文学部英文科卒業。3392013298

*河瀬文庫「塩道と高瀬舟 陰陽交通路の発達と都市の構造変化」富岡儀八 著 古今書店1972  とみおかぎはち;①富岡儀八は、文書史料によって塩道の復原を行なっている。田中方男の紹介した丹後野原部落から全国各地へ向けた塩干物行商も、鉄道開通によって可能となったものである。②『日本の塩道』古今書院 1978 年。同『塩の道を探る』岩波新書 1983 年。なお松本一糸魚川ルートの近世を中心とする塩輸送に関して田中欣ー編『塩の道,千国街道』(銀河書房、 1982 年)、『松本のあめ市』(高美書店、 1997 年)がある。赤穂塩;東北、関東、東海、近畿、九州方面へ移出し、とくに江戸、大坂が多かった。1953年(昭和28)に流下(りゅうか)式塩田へ、1967年にはイオン交換樹脂膜法に転換され、1971年には塩田が完全に姿を消した コトバンクより。

*「長浜市史 2 秀吉の登場」長浜市1998
*河瀬文庫1169-8「考古学研究  第20 巻第3号(通巻79号)」考古学研究会 1974
*河瀬文庫830-10「考古学研究  第20 巻第4号(通巻80号)」考古学研究会 1974
*河瀬文庫831-10「考古学研究  第21 巻第1号(通巻81号)」考古学研究会 1974
*河瀬文庫832-10「考古学研究  第21 巻第2号(通巻82号)」考古学研究会 1975
*河瀬文庫833-10「考古学研究  第21 巻第3号(通巻83号)」考古学研究会 1975
*河瀬文庫834-10「考古学研究  第21 巻第4号(通巻84号)」考古学研究会 1975
*河瀬文庫835-10「考古学研究  第22 巻第1号(通巻85号)」考古学研究会 1975
*河瀬文庫836-10「考古学研究  第22 巻第2号(通巻86号)」考古学研究会 1975
*河瀬文庫837-10「考古学研究  第22 巻第3号(通巻87号)」考古学研究会 1976
*河瀬文庫838-10「考古学研究  第22 巻第4号(通巻88号)」考古学研究会 1976
*河瀬文庫839-10「考古学研究  第23 巻第1号(通巻89号)」考古学研究会 1976
*河瀬文庫840-10「考古学研究  第23 巻第2号(通巻90号)」考古学研究会 1976
*河瀬文庫841-10「考古学研究  第23 巻第3号(通巻91号)」考古学研究会 1976



 

歴史・民俗・口頭伝承の研究つづき

 投稿者:chikara  投稿日:2019年 2月 7日(木)06時14分18秒
返信・引用
  *河瀬文庫544「毛利元就文書の基礎的研究 日本史と国語・国文学の共同研究の試み」研究代表者 秋山伸隆2003  秋山伸隆;広島県立広島女子大学国際文化学部教授。
*河瀬文庫「毛利元就のすべて」河合正治 編 新人物往来社1986  河合正治;1914年 生まれ。1939年 広島文理科大学史学科卒業。広島高等師範学校教授、広島大学文学部教授、福山大学教授を歴任。1990年 没【主な編著書】『安国寺恵瓊』(吉川弘文館、1959年)、『瀬戸内海の歴史』(至文堂、1967年)、『南朝と北朝』。
◎「もうひとつの[風塵抄]」司馬遼太郎*福島靖夫 往復手紙 中央公論新社2000  読み「ふうじんしょう」。3399048466
 

歴史・民俗・口頭伝承の研究つづき

 投稿者:chikara  投稿日:2019年 2月 6日(水)12時55分49秒
返信・引用
  ◎「鬼むかし 昔話の世界」著 五来重 角川書店1984  五来 重(ごらい しげる、1908年3月7日 - 1993年12月11日)は、日本の民俗学者。 茨城県久慈郡久慈町(現、日立市)に生まれる。茨城県立太田中学校(旧制)(現茨城県立太田第一高等学校)Wikipediaより。3384021412
*河瀬文庫73-2「図録新羅の古瓦塼」北九州市立歴史博物館1975
*河瀬文庫2192「風土記論叢 創刊号」出雲風土記研究会1982
*「日本列島に映る[古代出雲]紀行」著 保高英児 企画 ザ・出雲研究会 明石書店2008  八千代図書館特設用。3210354621  保高英児[ヤスタカエイジ] 1939年東京都生まれ。1963年早稲田大学理工学部卒業。医療品メーカーに入社、プラント設計・流通システム開発などに従事。99年同社退職。サプライチェーンロジスティクス研究会設立、著述・講演・コンサルタント活動。1982年「ザ・出雲研究会」を設立、出雲の魅力を発信。
 

歴史・民族・口頭伝承の研究つづき

 投稿者:chikara  投稿日:2019年 2月 4日(月)04時57分9秒
返信・引用
  *河瀬文庫639「家業考 江戸中期における豪農の農事暦」編者 小都勇二 吉田町1970  (翻刻・現代語訳 小都勇二[おづゆうじ]) 「農作自得集」森廣傳兵衛昔から伝えられた農事の教えを古老に聞きながら簡明な文章でつづった農書。立地に合わせて冬春の農事の準備から耕作法、とくに綿のつくり方を説く。
*河瀬文庫2589-102「古代出雲を考える1 天神遺跡の諸問題 78年発掘調査報告」出雲考古学研究会1979
*河瀬文庫880「古代出雲を考える2 西谷墳墓群 島根県出雲市」出雲考古学研究会1980
*河瀬文庫「古代出雲を考える3 出雲平野の集落遺跡 1 島根県出雲市」出雲考古学研究会1983
 

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