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◎ひとりごと

 投稿者:chikara.2  投稿日:2021年 5月26日(水)07時02分21秒
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  鐵の女4「亀寿」の助言により。
 清茂との間にできた息子(清右衞門)が三隅七浦と高島の浦長を務めた為、古湊の港湾整備としてウシロガエキの遺跡の石垣を浜田藩より買取、①防波堤の作成。②古市大堤の作成。③三隅川三角洲の埋め立て干拓。古市場原田家の私財で賄われた。
 *設計・測量は大坂出身天文方の間重富。ちょうど間が長崎の測量を終えたところに、老中職の藩主が国元の開発に呼び寄せた。②は日本最初の複式ダム、いや世界最初の三角測量によるダム。昭和期ダムの「間組」と言わしめた最初仕事。日本地図を作った伊能忠敬は長崎で一緒に机を並べ測量技術を学んだ。
 ④古市場原田家では農業・漁業は運命共同体のような”組合”や”漁協”が創られた。
*組合の起源はイギリスの産業革命時期17世紀~18世紀の中頃と言われている。日本の最初は1886年頃の千葉県旭市と言われているが、こちらが60~70年は早いように思う。
・参考資料 大橋家文書、寺井家文書、古市場村役場作成地図。
注) 浜田藩西部の漁場図を作成させている。元禄、享保、延享、宝暦、天明、寛政、文化時代。
 
 
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