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◎ひとりごと

 投稿者:chikara.2  投稿日:2021年 7月 9日(金)09時33分21秒
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   鐡の女「亀寿」⑤
古市場原田家はタカシマ(鷹島・祇園島・高島)を手にいれている。亀寿は本居宣長の弟子でもあり、いつでも師がタカシマに上陸・実地調査できるようにしていた。

*「組合」をつくった。農業協同組合と漁業協同組合を一緒にしたもので、もちろん古市場家当主が組合長であるが、浜田藩主から与えられた職名「三角(隅)八浦と高島」の”「浦長」”と呼ばれた。マルクスがとなえた国家のところが古市場原田家である。
*原田甚四郎の息子の長男・次郎衛門は死んでいた。次男の「清茂」が初代当主。嫁は亀寿。清茂が古市場に入領したのが、寛政七年八月十八日。この日合わせて岡崎代官所は閉鎖。清茂は寛政十二年(西暦1800年)に死亡している。浦長として名がでてくるのが「清衛門(二代目古市場家当主・清茂と亀寿の息子)」・寺井文書である。島根県史(黒表紙)では元禄元年としているが、文化元年の間違い。したがって組合というのができたのは、このころになる。かのマルクスは1818年に生まれている。水野忠邦の隠密(かんじゃ)間宮林蔵通報により発覚の竹嶋事件で責任をとり自決した岡田頼母(たのも)の墓が古市場原田家の墓所にあった。墓からガンダの丘越しにタカシマが見えた。
 
 
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