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ありがとうございます(^^)

 投稿者:RANDY  投稿日:2018年 1月29日(月)19時00分18秒 pl16897.ag0506.nttpc.ne.jp
  ゆちゃさん、やっほ~さん、お久しぶりですね(^^)
書き込みありがとうございます。

おかげさまで元気にしております。
お二人もお元気で、ココロ安らかに日々を過ごされますように!

http://heal-forest.sakura.ne.jp/

 
 

ご無沙汰しております。

 投稿者:やっほ~  投稿日:2018年 1月29日(月)12時07分36秒 113x37x105x110.ap113.ftth.ucom.ne.jp
  独立おめでとうございます。  

独立おめでとうございます

 投稿者:ゆちゃ  投稿日:2018年 1月28日(日)22時38分43秒 p3231-ipad404sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
  何はともあれよかったです  

久しぶりです

 投稿者:RANDY  投稿日:2017年10月 5日(木)19時22分56秒 pl16897.ag0506.nttpc.ne.jp
  だいぶ放置しっ放しでした(^^;
ここの存在を覚えていて下さる方が居て下さるのは、とてもありがたい事です。

時が経ち、今はアダルトチルドレン・うつ克服カウンセラーとして独立、カウンセリングルームを開いて、ACで悩む方々と向き合い、カウンセリングを行なっています。

ここで皆様の書き込みを読み、学んだ事が今の私に活かされている事に感謝いたします。

皆様の明日がより良きものとなるよう祈りつつ、ひとまずのご挨拶といたします。

http://heal-forest.sakura.ne.jp/

 

懐かしいなー20年ぶり

 投稿者:ゆきっと  投稿日:2017年 8月20日(日)20時57分49秒 221x254x43x154.ap221.ftth.ucom.ne.jp
  しにたくて、どうしょうもない毎日をおくっていた20歳台のころ、自分でもいろいろサイトを作って、いろいろ
解決しようとしていました。そのきっかけを頂いたのがこのサイトです。

今はというと、またあの20歳台に戻ってしまったときのようなな不安感。

というか、切なさ。まだあの頃はやる気があった、若いだけ、、。

今はあのときよりも少しの安定ほでてきたけど、年をとった分切なくなってきた。

それと、闇雲にはしってきたけど、今までの延長線ではいきられない行き詰まりを感じてます。

やっと自分の道が開けたとおもったら、また壁がでてきました。

絶えずでかい壁が人生ってでてきますね。

ここが開いててよかった。
ありがとう
 

かきこ

 投稿者:ゆちゃ  投稿日:2017年 2月 8日(水)22時34分56秒 p1240-ipad509sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
   大変だけど生きてはいます(わはは)  

汗顔のいたり

 投稿者:無明  投稿日:2017年 1月11日(水)02時34分48秒 cap105-208.kcn.ne.jp
  われ再訪せり  

あしあと

 投稿者:やっほ~  投稿日:2016年12月 3日(土)01時26分11秒 113x37x105x110.ap113.ftth.ucom.ne.jp
  懐かしく想い来ました。
初めて来たのは20年くらい前だったと思います。
あの頃お話してた方々はお元気でしょうか?
ゆちゃさん、桃姫さん、なっちゃん・・・
沢山の方々とお話したのが懐かしいです。

 

懐古厨

 投稿者:かたもり  投稿日:2015年10月 6日(火)10時38分2秒 cap007-205.kcn.ne.jp
  このサイトまだあった!なつかしい。
当時(90年代後半)のAC系サイトで当時のまま残ってるのは恐らくここだけかな。
ずっと保存しといてほしい。心の文化財かも
 

トラップ

 投稿者:響子  投稿日:2015年 1月17日(土)14時57分33秒 KD121108072187.ppp-bb.dion.ne.jp
  母親と距離を置きながら、仕事と家事に専念していた。2013年の夏以降、私の幼少期の環境に問題をきたす原因があったことを認めた母は、私が訪問しなくても目くじらは立てなくなっていた。

かれこれ1年10か月。年末に子供たちのために料理をこしらえた 出来栄えが思いのほか良くて、ひとりで年末年始を過ごす母に持っていこうと思い立った。怖かった。母の言動や、別れる際の姿の何がきっかけで私が鬱になるかわからない。それを賭けてでも、せめてビーフシチューだけでも持っていこうと思った。一度も顔を出さないまま年を越してしまうことにすら苦痛を感じていた。

それから母からの手紙やはがきがまた増えてしまった。「ごめんね、もうこれ以上は言わない・・」と締めくくられていたが、おとつい夜9時頃いきなり私の携帯が鳴り、出てみると母だった。母は、私が去年の秋に従妹の家に立ち寄ったと聞いて、「何の予告もなくいきなり訪問するのは迷惑だったのではないか」と説教をしてきた。と、それ以前、十年以上前のことにまで遡って私の欠点を並べ始めた。新しい仕事に採用されて出勤の初日を翌日に控えていた。
「それってそんなに重要なことなの?」
「・・え?」
「明日仕事なの。早く寝るのよ。気になることを言わないでくれないかな・・。また気持ちがおかしくなって仕事でミスでもして、首になるようなことになったら嫌だから・・」
「・・あ・・。そういうつもりじゃないけど・・」
母は通信を切った。

昨日は新しい仕事環境で、多少気がまぎれたものの、気持ちのどこかに前夜の重苦しさがひっかかって、今日(土曜日)自宅でくつろいでいるようだが不安がぬぐい切れない。

何十年もかけて口頭で、手紙で、電話で・・訴え続けてきて、それでも多くは変わらない。
子供時代に圧力の多い環境だったが、今母と離れて暮らし、私の精神状態が原因で離婚した夫も遠くに離れていて、どうにか育てた2人の子供たちも大きくなって、母もその親戚も、私の心の問題は過去に過ぎたことだと解釈している。

私が少しでも元気な姿を見せると、安心して私がおかしくなるに至った原因(母の言動)を再び戻してくる・・。この問題がどれだけ根深くて一過性のものでないかが分かっていない。

生まれつき脳に問題があっての症状ではないのだ。正常な人間だからこそ、正常でいられなくなるような条件が揃えばおかしくなってしまうのだ。それらを取り去って、少し気持ちが楽になって笑顔を見せると、安心して、昔の環境を戻してくる・・。残念だが母とは密接に関わって暮らせるようにはならない。

私をただの親不孝だと思っている人は多い。
私も親孝行したくないわけではない。むしろ逆である。

せめて経済的にだけでも自立したい。
職はよく変えてきた。業務を覚えることは苦痛ではないが、だいたい日常の人間関係に問題が生じてしまう。どこかにぶつけたい感情を本人にぶつけることができないと、頭の中が葛藤でいっぱいになる。集中力がそがれる。周囲の観察力が鈍る。人の話を聞き取ることができなくなる。周囲への関心が薄れる。そうやって、入社から何か月経過しても周囲との友情が深まらないから、自分だけ浮いた存在になる。邪魔に思われて、退社するようワナにはめられることもあった。

そうして無職になると、母に金銭的に助けてもらうことが何度もあった。

それは、母の不満にもつながり、母の私への小言も増えていく。
しかし、母は文句を言いながらも、私が母に対して恩があることを内心悪くは思っていないと思う。

結局は、本人が知ってか知らずか、どうにか私を繋ぎとめようとしているのだと思う。

精神的に、経済的に自立したい。
子供が自立するということは、親不孝ではない。母はそれが分かっていないのだと思う。
私が私らしく社会人としてもう少し豊かに暮らすことができたら、安心してもっと頻繁に母のところに行けるのだということを分かっていないのだ。

 

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